
47news.jp · Mar 1, 2026 · Collected from GDELT
Published: 20260301T034500Z
移送されたサイの子ども「INNOCENT PRINCESS」(右)。母親は四六時中付き添い、人間が近寄ると危険と判断するのか身をていして守る=2025年9月、モザンビーク・ジナブ国立公園(撮影・中野智明、共同) 消えた動物を2千頭移送 国立公園が地域に寄与 どこまでも続く大草原に、真っ赤な太陽が沈む。見上げるほど高く跳ねるインパラ、森で静かにうごめくゾウの群れ―。モザンビーク南部イニャンバネ州のジナブ国立公園には、生命力あふれる自然が息づいている。 この楽園はかつて、長く悲運に見舞われた。内戦と密猟で、動物は居場所を喪失。鳥のさえずりも聞こえない「静寂の公園」と呼ばれ、一時は人々の記憶から消えた。 公園の管理主体は近年、政府や動物保護団体と連携し、近隣国から多様な種の動物を移送し続けている。自然繁殖させることで、豊かな生態系を再興するのが狙いだ。国立公園管理官アントニオ・アバカ(61)は「われわれが挑戦をやめたら内戦時に逆戻りだ。次の世代につなげたい」と力を込める。 国際通年企画 ▽無限の可能性 モザンビークでは1975年にポルトガルから独立後、社会主義政策を推し進める政府と反政府ゲリラの戦闘が全土で16年間続き、100万人の犠牲者が出たとされる。 アバカが赴任した2006年、動物の姿はほぼなかった。最初の仕事は園内に残る地雷の撤去作業だった。内戦終結から10年以上が過ぎても「争いの爪痕が残っていた」。 戦禍は動物にも及んだ。地雷被害に遭っただけでなく、兵士や地域住民の食料として多くが狩られ、生態系が崩壊。公園を駆け回ったライオンやサイ、キリンなどバラエティーに富んだ動物たちが一斉に姿を消した。 移送が始まったのは2011年。シマウマ約30頭を皮切りに、ヌーなどの草食動物がトラックで運ばれた。次第にゾウなどの大型動物にも着手し、個体数を管理して種の偏りをなくした。生態系が育まれ、東京都の2倍ほどの公園面積に適した状態が確立されていった。 草食動物を追いかけるようにライオンやハイエナも自然と往来するようになった。2025年9月末時点で16種計2500頭以上を移送し、樹種も200を超えた。豊かな自然の営みが繰り返された、かつての楽園に戻りつつある。アバカは「この土地が持つ無限の可能性を信じていた」と誇った。 パトロールに向かうモザンビーク・ジナブ国立公園のレンジャーたち。途中で見つけた動物のふんも「健康状態を把握する手段の一つ」と密猟以外にも気を配る=2025年9月(撮影・中野智明、共同) ▽父の背中 2022年、公園は職員を挙げて、千キロ以上離れた南アフリカからサイ約20頭の移送に成功した。レンジャーらは3日間、大型トラックに乗せて悪路を走った。 最も警戒感が高まったのは、サイに食事休憩を与える際の停車時間だった。サイの角は、アジアを中心に富裕層の漢方薬として1キロ当たり約6万ドル(約900万円)とされる。いつ奇襲してくるか分からない密猟集団に備え、銃を片手に不眠不休で警戒した。 移送後、公園は数十人だったレンジャーを約100人に増員。サイに衛星利用測位システム(GPS)を取り付け居場所を把握するだけでなく、密猟者のにおいを追跡するパトロール犬も導入した。ヘリコプターで空からの監視も可能となった。 「24時間365日、密猟者を寄せ付けない」とは、レンジャーのフランシスコ・ニャウシ(38)だ。父ジョアンも亡くなる直前まで公園レンジャーだった。ニャウシは幼い頃、パトロール中に出合った動物の奇想天外な行動や移送の話を父から聞くのが好きだった。 内戦当時、避難民として住まいを転々とした経験から、居場所をなくした動物の気持ちが痛いほど分かった。父の背中を追いかけ、何の迷いもなくレンジャーの道へ。2022年のサイ移送にも従事し「少しは父に近づいたかな」。照れくさそうに笑った。 モザンビーク・イニャンバネ州、ジナブ国立公園 ▽シンボル サイの導入で、公園はライオン、ゾウ、ヒョウ、バファローと合わせた5種を指す「ビッグ5」が見られる国内唯一の場所となった。欧州などで知名度が上がり、観光客も増えている。 モザンビークは内戦後も武装解除やインフラ復旧が進まず、自然災害も重なり地方の復興が遅れた。約500世帯が居住する公園近隣の村も例外ではなかった。飲料水へのアクセスはなく、満足な食事も取れない日々が続いた。村長ロベルト・シタンゴ(71)は「生きるために動物を狩る住民もいた」とこぼす。 そんな状況を打開したのが公園の観光誘致だった。毎年、年間収入の2割を運用して周辺村々の生活向上を促進。2024年は5千ドルを割り当てた。 シタンゴの村も恩恵を享受し、これまでに飲料水タンクの設置や学校建設、農業支援が実現した。村人を公園の清掃や警備員に雇用する取り組みも進めている。「密猟する村人なんてもういないよ。公園のおかげさ」とシタンゴ。 移送されたサイは、しばらくして子どもを産んだ。この地で二度と争いが起きないように「INNOCENT PRINCESS」(無垢(むく)なお姫さま)と名付けられ、希望をもたらす公園復活のシンボルとなった。 新たな命が未来を紡ぐ。「そんな生命の営みが人間を支えている」とアバカは言う。移送の意義を信じて、公園を守り続けるつもりだ。 【取材メモ/人類の始まり】 取材中、カバとワニが川辺でひなたぼっこし、大草原で優雅に歩くキリンの姿をよく見た。動物園にはない大自然そのものだった。この地が内戦で荒れ果てたと考えると、ジナブ国立公園の努力と自然の偉大さを実感した。 公園の動物移送が本格化する前、シタンゴは園内にあった村に住んでいた。「昔は家の前を動物が歩き回っていた。共生していたんだ」と回想。公園の方向を見つめて、寂しそうにつぶやいた。「あの頃の生活に戻りたいね。人類はあそこから始まったのだから」 (敬称略、文は共同通信外信部記者・待山祥平、写真は共同通信契約カメラマン・中野智明=年齢や肩書は2025年11月5日に新聞用に出稿した当時のものです)